2009年11月15日

沼垂って・・・・

ある意味沼垂って日本の縮図なのかと思います。

日本石油、北越製紙、新潟西港、等のインフラ整備で街が活況を呈し、
近隣から人がやってきました。

労働者が集まれば、その人達向けの商売が立ち上がります。
その商売に従事する人達が生活するわけですから、これらの人達向けの商売も立ち上がります。

芸者集が沢山いましたので、呉服屋、履物屋、髪結(床屋、美容室)、銭湯が沢山ありました。
現在かろうじて、残っているお店も、これらのお店です。

芸者が仕事をする所は、料亭ですから、仕出屋、飲み屋が多く集まっていました。今でも寺町掘りには、労働者あいての立ち飲みバーや一杯飲み屋が数件ひっそりと残っています。

その後、インフラ整備が終了し、マイホームブームで生活者が沼垂から離れていき、市内中心部でありながら過疎化が進んだ。

現在の日本
現在の沼垂

かなり似通っています。

ただ、沼垂の方が、高齢化の進行がかなり早いような気がします。

自立できる高齢者はよいのですが、そうでない高齢者の方も数が多いようです。
さらに、これからも高齢者が増えていきます。

毎週、救急車のサイレンがなる街

どこかがおかしくなっています。







posted by 沼垂の住人 at 08:45| 新潟 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 沼垂について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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